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非公開試験終了&ラジオのお知らせ [diary]

昨日、非公開試験が終了。
とりあえず合格しましたが、あり得ない事がおこりまくった、忘れる事のできない一日になりました。

14日前に出た課題曲はハイドンの小さなソナタの全楽章。
前回の日記に書いたとおりのプログラムの中で、みんなで予想していた45分の振り分けは、とりあえず、モーツァルトの協奏曲から一楽章(10分弱)、ベートーヴェン全楽章(20分)、プロコフィエフ1楽章か、2,3楽章(10分)、ドビュッシー2曲(7分)。かなと何となく考えていました。平均的に振り分けるだろうなと。こうなったら私が考えていた曲順は、ドビュッシー→14日課題→モーツァルト→ベートーヴェン→プロ子。
でも、いざふたを開けてみると、「ベートーヴェン全楽章、プロコフィエフ全楽章、ドビュッシー一曲か二曲か」カーブでくるかと思ったら思いっきりストレートできました。

何がショックだったかって、モーツァルトがないってこと。桂文珍似の韓国人ピアニストをオーケストラパートで連れていっていたのにもかかわらず、一楽章も弾かせてくれませんでした。何年もこの大学にいるのにこんなこと初めて。共演者がいる場合、絶対に少しは弾かすというのが当たり前だと思っていたので。。あんなにたくさん合わせもしてもらった文珍君に申し訳なく・・。いきなり一人になって、無理やり離された孤独感を感じてしまいました。
実は今回のプログラムの中でモーツァルトが1番心配の種でした。そしてモーツァルトの協奏曲は我が恐竜教授の十八番。彼から学べるものを全て学んでやれと最後の最後までレッスンをしてもらって、でもまったく満足ができず、でも恐竜にちゃんと成果を聴いてもらいたいと、最後まで私の頭の中ではモーツァルトが占めていました。。そのバランスが悪かったんでしょうな。いきなりモーツァルトが無くなって、私の頭の中は殻っぽというか、驚きのあまりどうも平常でいられなくなってしまいました。

「ドビュッシーを先に弾いてもいい?」と曲順について聞いたら、「ダメ。ドビュッシーは最後。長くなったらドビュッシーのどちらかの曲を切るから。ベートーヴェンを1番で。」とBB審査委員長。大きな大きなベートーヴェンの曲の前に何かワンクッションほしかったし(私はドビュッシーの曲を弾くと心身が不思議と落ち着き、脳も活動的になるような気がするの)、プロコフィエフの後であんな繊細なドビュッシーを弾くのは至難。でもなんやかんや言って審査委員長の機嫌を損ねてもめんどくさいので(そういう人なのよ)、とりあえず14日課題を始めに弾きました。
その後ベートーヴェンですが、もう何度もコンサートでも弾いてる曲なのに、まったく集中できない・・・。いろんな格闘が頭の中にあった20分。恐かった・・・。
その後のプロコフィエフでも、何だかいつもと違う感じがしつつ・・。
最後は腕がパンパンになって弾いたドビュッシー。(結局二曲とも弾いた)

こんなに集中できなかったベートーヴェンは生まれて初めて。3週間前にボンのベートーヴェンハウスに行って色々なものを感じて以来、ベートーヴェンについて考え悩み、ほんのすこーしベートーヴェンが近くなったかな?と思えていた時だったので、あの曲をどんな想いで書いたか、ベートーヴェンのことを思うと、本当に申し訳なくて、そして悔しくって・・・。

お守りくま太郎たちそういうことがあったにしても、試験後、恐竜はとても好意的に話をしてくれました。
どんなおかしなことが起こっても、揺るがない精神力を持つのはほんと難しい。。またもやこれを感じてしまいました。今後は、例えば作曲家に道端で会ったとしても、堂々と目を見て挨拶できるような、そういう演奏を常に心がけたいと。。心がけてるんだけどね。中々うまくいかないのです・・。

来週の公開試験では、武満とシューマン。
少しでも彼らのそばに近づけますように・・。

そして写真のくま太郎二人は、アネゴ猿ことアコーディオンの御喜美江教授がお守りにと、私と一緒に試験を受けた鳥男にプレゼントをしてくださいました(左の子が私のくま太郎)。日にちを覚えていて下さったことだけでも感激なのに、こんな可愛い応援団を、そして嬉しいお手紙付・・・。涙が出るほど感激しました。試験当日は客席の穴猿の隣にちょこんと。
ああ、もうとってもとっても嬉しい!!!!!!御喜先生、本当にありがとうございました!!!!



さて、話はがらっとかわり香川県近郊にお住まいの方、明日6月27日(土)、ぜひRNC西日本放送ラジオをお聴きください!8月15日(土)にあります、私の香川でのリサイタルについて、色々とお話させていただきました。5月に香川とドイツをつないで電話収録があったのですが、音楽評論家・岡田寛さんと楽しくお話させていただき、あっという間に収録時間が経ってしまった気がします。ということで、恐らく私の「素」が出まくっていることでしょう。ぜひぜひお楽しみに!!

RNC西日本放送ラジオ(AM 1449kHz)
6月27日(土)AM10:35~
「岡田寛のラビアンローズ~音楽わが人生~」


リサイタルのお知らせ、香川県内の雑誌等にも掲載されています。合わせてご覧下さい~。

・月刊香川こまち7月号(6月20日発売)
・ナイスタウン
・TJかがわ
・リビング高松7/4号
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あと二週間と一日 [diary]

見た目が音楽家っぽくないからよいやー、卒業試験が近づいてまいりました。
私のプログラムはこんな感じです。
日本と違って海外の大学は「入学するのは簡単だけど卒業が難しい」と言いますが、この量のプログラムを用意しなくてはいけないということで、それが証明されているような気がします。

6月25日(木)13時半~
非公開試験(70分~80分を用意)

・モーツァルト:ピアノ協奏曲第12番 Kv.414 A dur
(オーケストラパート:桂文珍似の韓国人ピアニスト)
・ベートーヴェン:ピアノソナタ第31番 Op.110 As dur
・ドビュッシー:前奏曲 二曲
・プロコフィエフ:ピアノソナタ第7番 op.83  
・14 Tagestück

7月3日(金)18時頃~
公開試験(30分~40分)

・武満徹:ピアノディスタンス(1961)
・シューマン:ピアノソナタ第1番 Op.11 Fis moll

非公開試験が悲惨なんですが、70分~80分用意させておいて、この中から約45分抜粋したものを試験直前審査員から言われ、それをすぐに弾かなきゃならんのです。用意させるのなら全部弾かせてくれたほうが楽なんだけどなあ。
そして14 Tagestückというのは、試験の14日前、つまり二週間前に出される約10分程度の課題曲です。これは先生のレッスンなしで自力で作り上げなければいけないという規則があります。

で、この14 Tagestückが、いよいよ明日発表されます。いやー。いよいよだなー。
初見は結構得意で好きなので、何が出されるのか、実に楽しみです。
試験は二週間後でも、もう明日から既に試験は始まっているような感じがしますねえ。

今回このプログラムにかなり助けられています。私の大好きな曲ばかりなので(といっても新しいものも多し)、曲が多くてもまったく苦に感じない。とても心強いです。あと二週間、更にじっくりと向き合っていきたいと思います。

お近くの方は、ぜひぜひ聴きに来てください~。
公開も非公開も聴けます。(よね?)


今学期で退官する我が恐竜教授のレッスンも、もうあと数えるほどしかありません。
最後の生徒というのもあるのか、最近は恐竜も全力でレッスンをしてくれています。もっと早くにそれをしてくれよなーと心の中で思いつつ(笑)、きちんとそれに答えられるよう、私もぶつかっていきたいと思います。
しかし、やっぱりちょっとさびしいな。恐竜がいなくなってしまうのが・・。(涙)

写真:おちゃめな恐竜。
   先日、デュイスブルグフィルハーモニーのポーランドツアーで、ベートーヴェンの4番の協奏曲を演奏したのですが、そのリハーサルを見学させてもらいました。ピアノ協奏曲のリハーサルなのに、ピアノの上にはたくさんの楽器ケースが・・。楽団の人もまったく気がつかないんだもんなぁ。「ピアノ真ん中に運んでくれ~」の図です。
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シューマンに会いに。 [diary]

シューマンハウス5月下旬の二週間、実に5回もの試験やらコンサートやらの本番が続き、ホトホト疲れ果ててしまいました。楽しい本番もあれば、大学の政治的内部が垣間見えた精神的に疲れる本番もあり、曲も卒試に関係ない曲やら室内楽やら、ステージで演奏できる機会がたくさんあるのはとてもありがたい話なのですが、最近は心身共に疲れが取れ辛い。ビリーを怠っているからでしょうか・・。山登りは毎日してるのにな。

卒試を一ヶ月後に控えていますが、もうこの機会しかないと思い、ひょっこりボンまで小旅行に行ってきました。ボンはエッセンから二時間くらいかかりますが、大学の学生証でタダで行けちゃいます。
今回の目的は、私が愛してやまない作曲家ロベルト・シューマンのお家とお墓参りに。

『シューマン(1810~1856)』
今回の香川でのリサイタルの一部、シューマンプログラムとして、歌曲の編曲もの『献呈』とソナタの1番を演奏します。
シューマンが心にとまるようになったのはいつからだろう・・?小学生の時にシューマンのピアノ協奏曲を初めて聴いて、涙が止まらなくなってしまったことが始まりかもしれませんが、その後色々なシューマンの曲を演奏して、特に幻想小曲集作品73とクライスレリアーナ作品16という曲に出会って、そしてドイツに住んでドイツ語を知って、ドイツ人の性格を知って、ドイツの天候を知って、不器用さを知って・・、色々な経験を経て、シューマンは現在私の心の中で1番感じる作曲家になりました。

愛する女性クララをずーっと一途に想い続けたシューマン。もし彼が今生きていても、男性として好きになるかと言われると恐らく逆なのですが(別にシューマンも私がタイプじゃないだろうし)、人間的にとても共感できるというか、なんというかシューマンの辛さがモロに心に刺さるというか、もちろん私がまだまだ見えてない一面もあるのですが、他人事に思えない何かがとても惹かれる要因になっているのではと思います。

最近は冬が戻ってきたように寒いドイツ。そして雨も降りしきる日でしたが、シューマンは晴天よりこういう天気の方がシックリくる感じ。ボンに着いて、始めにシューマンが亡くなる前の二年間を過ごした家(療養所)に(写真上)。あいにく中には入れませんでしたが、ピンクと緑の色合いが、なんとも心を穏やかにさせてくれます。当時もこういう色合いだったのだろうか・・。

シューマンとクララのお墓その後シューマンとクララの眠る墓地へ。
家からお墓へ行く途中、ものすごくドキドキしてきちゃって、何だか初めてのデートの待ち合わせに行くような感じでしたが、なんでだろう。(笑)お墓の入り口の看板で場所を確認し、歩いてふとを左を見たら、いましたシューマンが。
クララがシューマンを見上げているのが、なんとも愛おしい。
「ああ。。やっと会えた!!」というまったくもって自分勝手な感情ですが、ずっとずーっと会いたかった人に出会えた喜びでもう言葉なんて出ませんでした。胸がいっぱいで・・。来てよかった。会えてよかったと。
ちょっと時間が経って落ち着いてきて、色々シューマンに話しかけてきました。ドイツ語じゃないとわからんだろうと思いドイツ語で。空想の中で色々会話しました。結局一時間位お墓のそばで。「また来るね」とそこを後にしました。どこから見ても遠くから見ても、それはシューマンでした。ベートーヴェンママのお墓
(ここの墓地には、ベートーヴェンのお母さんのお墓もあります。お墓に刻まれたベートーヴェンの言葉が(当時16歳だった)とても心を打ちます。)

その後、頭も心もシューマンで一杯だったのですが、少しベートーヴェンハウスへ立ち寄ることに。
ベートーヴェンが亡くなる直前に書いた遺言書の文字を見て、息ができなくなるほどのショックを覚えました。私はもしかしたら少しベートーヴェンを勘違いしてたかもしれないなと、改めてベートーヴェンをもう少し感じてみようと気がつかせてくれたような・・・。

シューマンとベートーヴェンに卒試とリサイタルの成功を祈願し、気持ちも新たにエッセン行きの電車に乗り込みました。来てよかった。

ああでも、今までドイツに6年もいて、どうして早くここに来なかったのだろうと・・・。自分が情けない・・。


そんなシューマンは、今日6月8日がお誕生日です!

ロベルト、199歳のお誕生日おめでとう!

来年はシューマンイヤー。たくさんシューマンが弾けます、聴けます!!!
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